潤くん、32歳お誕生日おめでとう!!

昼間、一番絞りガーデンでのゆるゆる嵐会で、乾杯だけさせてもらいましたよ~。

最近は、明治の七福神のCMが密かに私の中ではヒットで、あの七福神潤くんをみるたびに癒やされております。
綺麗だし、かわいいよね。

このところなかなか潤くんの演技仕事にお目にかかれないせいもあるけれど、バラエティの潤くんひと皮もふた皮もむけて良いなぁと思っております。
しやがれの かっこいいを極めるMJ企画といい、しやがれ,VS等の様子といい、ここのところ(といってもここ1.2年というくらいのスパンですが)潤くんの天然な面白さ、人柄みたいなものがすごく自然に表に出てきた感じがして、バラエティでの潤くんの存在感が増してきているなと思っています。
いやぁ、嵐をみはじめた8年前頃は、こんなバラエティでの潤くんが見れるとは思ってもいなかったと思う。

今は、ブラストの準備、そしてツアーに向けての準備できっと大忙しですよね。
アラフェス、ハワイでのブラスト、そして国内でのブラスト、ツアーとは違うどんな形のものをみせてくれるのかとっても楽しみにしています。

充実の32歳を!


追記!
Enjoy 読んできました。
メンバー、スタッフみんなにお祝いしてもらえて、良かった!!!

そして、ブラストに向けての諸注意有難う。
ちゃんと、防寒対策していきます。
なんか、すごく潤くんらしさと愛を再確認できるEnjoyでした。
お誕生日更新有難う。






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2015.08.31 / Top↑
今回奇しくも、タイ、カンボジア、シンガポールと3カ国を駆け足で回ることになり、また昨年はベトナムにも行けて、いろいろに感じることがあったので、思いつくまま、自分にとっての記憶も兼ねて書き留めておこうと思います。

ちょうど、旅行から帰って、1周間もしないうちに、バンコク中心部で爆破事件が起こり、更には先週末の24時間テレビでは、森田くんがタイのンボジア国境付近での、地雷の被害や地雷除去の現状に関する特集をやっていて。

この4カ国を回って、シンガポールはある種特殊な国家でもあるので例外としても、タイはカンボジアやベトナムと比べて段違いに国力があると感じていただけに、そのタイですらまだまだ政治的に不安定な部分を抱えていたり、内戦を含め戦争の影響は比較的少ないであろうはずなのに、それでもまだまだ尾を引く傷跡が残っていることを感じました。

もちろん、首都近くか地方かとかそういう場所による違いも色いろあるわけだけれど、私自身が国の経済力の差をなんとなくでも実感するのは道路で。日本の年度末の道路工事とか、ムダなんじゃないなーんて感じていたりもしたけれど、でもカンボジアとかベトナムとか車に乗っていてかなりの物理的衝撃を受けることも多くて。なんか体感として感じたりします。

カンボジアは、アンコール・ワットのあうシェムリアップ地方が、ガイドさんいわく国内でも貧富の差が大きい地域ということもあるのかもしれないけれど、学校に行けずは働いている子ども達も多い。
小学校も卒業できるのは半数ほどというガイドさんの話だったので、ちょっとググってみたら、外務省の資料で中学まで義務教育であるにもかかわらず小学校が69%、中学は17%とありました。まぁ、地方によっても違うのだと思いますが、子どもも貴重な働き手ということも大きいのかもしれません。
実際、アンコール・ワットに日の出を見に行く時だから、日の出前ということになりますが、自転車で薪を積んで走る子どもたちを何人も見かけて。森で拾って、売りに行って生計を立てる一助にしているということでした。
また、病院の前で列をなす親子の姿がたくさんあって、病気の子どもをかかえてこれも大変なことだなぁとも感じました。

今回ついてくれたガイドさんは、高校まで出ているのかな?アンコールトム近くの農村出身で8人兄弟の7番目で、小さいころはお寺にいれられて、お寺での様々な雑用を仕事をしながら学校に通ったとのことだった。
お寺での生活は朝早いし、基本1日1~2食で、辛いことも多かったようだけど、でも学校に通えて、英語と日本語ができるから、ガイドの仕事ができるし、カンボジア内としては良い暮らしができている方なんだろうなって思う。

そして、ポルポト政権時は、知識階級が粛清されたり、家族がバラバラにされたりしていたとのことで、彼はそのポルポト時代が終わって内戦期に入ってから生まれたわけだけど、家族は知識階級でなかったし農村だったからバラバラにされてもあまり遠くに散らばらず、すぐに故郷に戻れたとのこと。でも、今でも家族の行方がわからない人たちも沢山いて、家族探しが公報とかに乗ったりするようで、(思わず、中国残留孤児を思い出した。そういえば、そういった記事も見かけなくなってどれだけたつのか・・・・←私の認識、知識がいい加減なのだろうけれど)

日本では、今年戦後70年で。私自身も戦争は知らないし、息子たちの世代はおそらくもっと知らない。
でも、ここはほんとにまだまだ、周りに、争いの余波が色濃く残っていることを感じた。

タイそしてカンボジアからシンガポールに移動して。氷に気を遣わなくて良いこと、トイレにペーパーをそのまま流しても大丈夫なこと、そんな些細なことだけど、なんかちょっと緊張感を抜くことができるような気がした。

そして日本は脳天気で、色々な問題は山積みではあるのだけれど、でもそれでも安心して暮らせる(まぁ、自分の国だからッて言うことなんだけど)ことにありがたさを感じた。

なんか、書いても書いてもまとまらなさそうなので、まとまらないままとりあえず終わりにしようと思います。





2015.08.28 / Top↑
続きます。

<4日目>

今回の滞在は、グッドウッドパークホテル。

折角だから、ラッフルズ!とも一瞬思ったけれど、さすがにラッフルズはいろいろに敷居が高すぎて、断念。
じゃぁ、どこにしようかと思った時、20年前ダンナがシンガポールに長期出張だった時、1歳児の長男を連れて、2週間ほど遊びに来たことがあって、その時泊まったスイソテル・ザ・スタンフォード(当時は、ウエスティン スタンフォードだったと思う)にしようか、何度化食事に行っていろいろ思い出があるフッドウッドパークにしようかということになって、今回はグッドウッドパークに。



ここはラッフルズと並んで、シンガポールの植民地時代からの建物を活かした古くからのホテル。
(同じく、昔からの建物を活かしたフラートンは、ホテルとなったのは2001年なので、ホテルの歴史としては比較的新し目ですね)
1900年に在住ドイツ人の社交クラブとして出来て、1929年にホテルとしてオープン。
歴史のあるクラッシックホテルです。

ホテルの客室は、利便性も兼ね備えたものに改装されていますが、それでも建物がまず美しい。



プールは2つあるのですが、これはメイフェアスイミングプール。



これは、タワーロビーからメインロビーに行く途中で、グッドウッドパークのちょっとした歴史を展示してあるスペース、階段があまりに美しかったので。

この日は、まずグッドウッドパークの中を探索したあと、地下鉄でシティホールまで移動し、なつかしのスイソテルをみあげて、ラッフルズスクエアを通り、ラッフルズホテルに見学兼ショッピング兼アラシゴト

  




ココですよね、りえさんとのシーンの場所。
写真とサインがある廊下はどうやら、宿泊者のみのエリアのようなので、残念。

その後は、とりあえず新しくなったマーライオンを見学に。
(昔来た時は、世界三大がっかりにふさわしいものだったけど 笑 この大きさも微妙?)



運がの向こうには、かのマリーナ ベイ サンズ



見直してないから、いい加減記憶だけど、執事がお嬢様とタイタニックしていたのってこれですよね。
(色はいくつかあったから、これでないかもだけど)



この後は、オーチャードあたりでお買い物。
(まぁ、オーチャードあたりをぶらぶらという感じですが)

夜は、グッドウッドパーク内のミンジャンで中華。
ここは、20年前に1歳の長男を連れて、クリスマスディナーしたところ。
今回は長男がこなかったので、次男とダンナと3人でのディナーになりました。
文句なく美味しかったです!

<5日目>
午前中は、マリーナベイサンズに行き、その後ガーデンズバイザ・ベイに行こうと思ったのですが、この日はあいにくの雨で。近くまで行き写真だけとって中の散策は断念。




マリーナベイサンズの内部もちょっと見学して、昨日一緒に観光しなかった息子にシンガポール名所を見せるべくマーライオンとラッフルズを駆け足でめぐり、修復工事中でしたがラッフルズ像周辺のラッフルズ上陸地点などもちょっとめぐる。



近くだったので、フラトンホテルも外観からですが拝むことが出来ました。



そして午後は、グッドウッドパークでハイティー。
シンガポールで一番楽しみにしていたのが、ミンジャンの中華と、このハイティーだったのですが、美味しかったし大満足。よい時を過ごせました。
ケーキ類が美味しかったのはもちろんだけど、お茶とサンドイッチが一味違いましたね。





シンガポールを満喫して、このあと夜便でバンコクへ。


<6日目>
ダンナは、この日から会社でしたが、私達は東京行きの夜中の便をとっていたので、1日バンコクでのんびり。
私は、予約しておいてもらって、スパに行きボディスクラブ+オイルマッサージ+ハーバルボールの2.5時間のコース。
これは至福だったけど、すごくきいた。
オイルマッサージ、数々受けたことあるけれど、あんなにガッチリマッサージされるオイルマッサージははじめて。
(普通、リンパを流すようにするするマッサージすることが多いけれど)
そのお陰で、もともと硬い体もずいぶんほぐれ、50肩の影響で調子が悪かった肩もかなり改善しました。
ハーバルボールは、タイならではかなと思いますが、気持ち良かった。

あとは買い物に行って、夜はタイスキに連れて行ってもらい、夜中の便で日本へ。

贅沢で変化に富んだ楽しい旅でした。
(多分、夏休みの旅行に下の息子が来てくれるのもそろそろ最後のようなので、良い思い出にもなりました)




2015.08.27 / Top↑
続きです。

<3日目>

朝は、日の出前にアンコール・ワットまで行き、アンコール・ワットの遺跡から出る日の出を拝もうと思ったけれど、あいにくの曇り空で日の出は拝めず。
残念です。

その後、一度ホテルに戻り、ちょっとゆっくり朝食はとれました。

シェムリアップでのホテルは、ヴィクトリア アンコール リゾート&スパ



今回、観光メインだったので、ホテルでのんびりといった時間がとれなかったのが残念に感じるくらいのよいリゾートホテルでした。
朝食は、プールサイトのテラス席にしましたが、こじんまりとした心地よいホテル。
(外とは、隔離された空間ですね)

そして、朝食でちょっぴりリゾート気分を味わったあとは、アンコールのちょっと郊外の遺跡へ。
まず最初に向かったのが、クバール・スピアン。
ここは、シェムリアップから車で1時間ちょっと。さらに、駐車場から山道を30~40分ほどのぼって辿り着く、シェムリアップ川の源流にある水中遺跡。



ちょっと写真は暗くて見にくいかもしれませんが、川床に神や、リンガの彫刻が彫ってある。
たまたま行った時は、川の水量もほどほどだったので、川床のレリーフもよく見えましたが、雨期で水量がマックスの時期は、沈んでしまい見えないこともあるそう。
川の水がこの神聖なレリーフの上を通ることによって聖水をつくろうとしたんだそうです。
実際にこれを作ることを想像すると、水を一度せき止めて、完成させてというようにすごい手間がかかっている。

また、この場所に来るまでには、ジャングルトレッキングと言った感じの山道を40分ほど歩かなければならないのですが、下のような巨大な蟻がいたり(噛む蟻だったり、毒蟻だったりするらしい)、タランチュラがいたり(ガイドさんがすごく詳しくて、タランチュラの巣穴を教えてくれた) ジャングルトレッキング好きな私としては、なかなか刺激的な感じで、登るのは大変だったけど、楽しかったです。



そして、雨期ということで天気も変わりやすい。下山してくる最後10分ほど、大雨に降られてずぶ濡れになりましたが、車でちょっと移動すると、ほとんどそこは降っていなかったようで。僅かな距離でも天候がずいぶん変わるんだなと実感。

とりあえず、早お昼を食べて、態勢を立て直したあとは、バンテアイ・スレイへ。

ここは硬質の赤色砂岩で作られている遺跡で、色も綺麗だし、硬質の材料ということで、雨風に負けず、レリーフもとてもきれいな状態を保っている。



バンテアイ・スレイを見たあとは、遺跡見学は一段落ということで、おみやげをちょっと見たあと、シェムリアップのキリングフィールドへ。
今回ついてくれたガイドさんは、30代の男性で、アンコールトム近くの村の出身だったのですが、ちょうどポルポト政権が終わり、内戦がはじまった年の生まれだそうで、ご兄弟等ご家族のこと、ご自身の経験なども見学しながら少し伺うことができました。



私自身は、自分が小さいころのニュース等で見聞きすることとして、ポルポト政権が極端な政治体制であったこと、長らくカンボジアが政情不安であったこと、シアヌーク殿下のお名前などは、すごくざっくりと見聞きしたことが有りましたが、恥ずかしながらきちんとした知識はなくて。
でも、今回の旅行を通じてもう少し突っ込んで知る切っ掛けになりました。


最後は、シェムリアップのオールド・マーケット。







この日は、この後、夜便でシェムリアップをたってシンガポールへ。
2015.08.25 / Top↑
先週、夏休みで家族旅行で、東南アジア周遊(っていうとスゴイけれど・・w)に行ってまいりました。

今回日程的には、
1日目 朝成田発 夕方バンコク着  ダンナと合流。 バンコク泊
2日目 朝バンコク発 9時台にはシェムリアップ着 午前はアンコールトム→タ・ブロム 午後はアンコールワット見学 シェムリアップ泊(ヴィクトリア・アンコール・リゾート&スパ)
3日目 午前クバール・スピアン 早お昼のあと バンテアイ・スレイ キリング・フィールド(シェムリアップ) シェムリアップの市場等  夜 シェムリアップ発 シンガポールへ シンガポール泊 (グッドウッドパーク)
4日目 ホテル探索後、ラッフルズホテル、マーライオン見学 買い物   シンガポール泊(グッドウッドパーク)
5日目 マリーナ・ベイサンズ→マーライオン→ラッフルズ 午後 グッドウッドパークでハイティー  夜シンガポール発 バンコクへ
6日目 バンコク市内でスパ&買い物 ワット・トライミット 夜中 バンコク発 翌朝 成田着

まぁ、3都市行ったから、周遊?笑


<1日目>
基本的には移動日でしたが、夜ごはんはタイめし
はじめての味だったのがこれ タイではポピュラーなスイーツだということですが、
もち米+ココナッツミルク+マンゴー



お味的には、うーんまぁまぁ美味しいけど、想定内のお味だったかなぁ。


<2日目>
バンコクから、アンコール遺跡群に近い シェムリアップまでは1時間ちょっと。アンコール遺跡群は、カンボジアの中でも、タイよりの地域に有ります。

カンボジア国内は、現地ガイドさんをお願いしていたので、その方にピックアップしていただいて、出発。
まずは、アンコール・トムから。






このアンコール遺跡群は、9世紀~15世紀にわたるクメール王朝の宗教施設?
ヒンズー教の遺跡が多いけれど、このアンコール・トムはここを建設した王が仏教に帰依していたこともあり、もともとは仏教を祀るところとして作られているそう。



中心にあるバイヨン寺院内の壁画 
アンコールワットもだけど、歴史や物語の壁画がすごい。
また、随所に彫られた神達、アンコール・トムは当初は仏教寺院として、仏教の仏様が色々彫られたけれど、その後のヒンズー教の王に変わると、ヒンズー教の神と共通するものは削り取られたりもしていて、ヒンズー教ってかなり排他的なイチメンがあるんだなとびっくりしたり。



これは、次に行った 周辺にある タ・ブロムの遺跡。
ここは、修復などの後世の人の手があまり入っておらず、密林の中に埋もれた発見当初の状態を感じつことができる遺跡。
大木の根が遺跡の石の間に入り込み、このまま放置するとそのうち木の生命力ですべてが崩れ去って行くのかなと感じさせる。
木と遺跡が一体となっていて、不思議な状態担っています。


そして、お昼のあとは、アンコール・ワット。



ここは伽藍の規模も大きく残っている状態もよいし(修復もきちんとされている)、何よりも回廊に描かれたレリーフがスゴイ。
マー・バーラタ、ラーマ・ヤーナ、乳海攪拌、天国と地獄、アンコール・ワット自体ヒンズー教の寺院だけれど改めてインドの影響、インドとの近さを感じる。
もちろん、もともとはインドから伝わったものだけれど、それらはクメール人の土着の信仰とも相交じり合っている。



これは、乳海攪拌。
大蛇が綱引きの綱となって、阿修羅と神々で引っ張り合っている。

これを見て、この同じモチーフの巨大なオブジェがタイのスワンナプーム空港の出国後の正面のところにあったなって思って。
東南アジア各国の文化の伝播の様子、それぞれもとのインドのはなしがどういう形で土着化して各国で受け入れられているかとかもおもしろいだろうなと思いました。



そして、プノン・バケン山からの夕陽

登るのに、人数制限がるため1時間半くらい並んだし、ギリギリまで、夕陽に間に合って登れるのかなと心配だったけれど、無事に見ることが出来ました。雲があったので、日が落ちるところがクリアに見れたわけではないけれど。綺麗でした。
久しぶりにぼーっと日没を眺めて、なんかすごくよい時間が過ごせた。











2015.08.24 / Top↑
ずっと以前公開になっていた時(どんだけ昔?笑)も気になっていたけれど、結局行かず、以前テレビでやっていた時もやっているって気になったけど、ちょっと最初の部分をみて、なんか用事があったりして結局見ず。
たまたま子どもがDVDを借りてきていて、ようやく3度めの正直でちゃんときちんと見ました。

●「ブリキの太鼓」
監督 フォルカー・シュレンドルフ
原作 ギュンター・グラス
出演 ダーフィト・ベンネント マリオ・アドルフ アンゲラ・ヴィンクラー ダニエル・オリブリフスキ カタリーナ・タールバッハ

3歳で成長をやめたオスカルは、大人になることを拒否した存在で、彼をとりまく家族、そしてドイツ人、カシュバル人、ポーランド人、ユダヤ人が入り交じる自由都市ダンツィヒがどんどんナチス化していき、そして敗戦を迎える様子を、第3者的視点で見続け、自らが遠因となり庇護者である母、父、伯父(母のいとこで愛人で、ひょっとしたらオスカルの実の父親)がすべて死ぬ中で、21歳にして再び成長を開始するところで終わっている。(原作はその後も続くようですが)

オスカルがすごく異質で異物な存在。
姿は子どもだけれど、実は周囲のいろいろなことを理解していて、それでいて子ども的自己中心的なわがままと容赦のなさで、別次元で自分を保っている。

何事にも動じないすべて彼女のスカートの下に受け入れる祖母と、小市民的な父、母、伯父、そして異能なオスカル。
街は、ナチスの配下になるし、彼自身もいっときナチスの慰問芸人のようになるけれど、彼自身は精神的にはどこにも属さない。

なんか感情移入がどこにもしにくいけれど、みているといろいろな現実をつきつけられるそんな感じがする作品でした。
繰り返し転換点となる場面で使われる音がとても印象的。
2015.08.22 / Top↑
新感線の35周年記念 「オールスターチャンピョンまつり 五右衛門vs轟天」をみてきました。

●「オールスターチャンピョンまつり 五右衛門vs轟天」
場所 赤坂Actシアター
作  中島かずき
演出 井上ひでのり
出演 古田新太 橋本じゅん 松雪泰子 池田成志 賀来賢人 高田聖子 粟根まこと 他

とにかく笑った。面白かった。
見終わったあと、友達とも話していたんだけど、あれだけくっだらないことでつなげて、あの長時間(途中休憩挟んで3時間半)飽きずに、テンポ感も失わず、笑って見ていられるってスゴイよね。

35周年記念で、オールスターと銘打っているだけあって、いろんなキャラがこれでもかと出てきて、私は最近のしかみていないからわからないものも多いけれど、いろんなパロディ有り、アドリブの素の会話混ぜの、ほんとになんでもありであらすじとかなんとかそんな細かいことはどうでも良くなる感じで面白い、笑っちゃう。

曲のパロディも、クィーンあり、アルプスの少女ハイジあり、もちろんキャラクターのパロも多かったジブリもあり、
それがメロディはあきらかに違うけれど、アレンジでなのかな、その曲を彷彿とさせ、それが場面にマッチしていておかしくて、仕方ない。

古田新太さんは、相変わらず。
橋本じゅんさんの轟天は、振り切れまくってどこに行ってしまうのか検討がつかないww
賀来賢人くん、歌も結構うまかったし、何よりおもいっきりやっていてすごく好感が持てる感じ。



とにかく笑いました。
2015.08.19 / Top↑
Bunkamura オーチャードホールでやっている「青い種子は太陽の中にある」のマチネに行ってきました。

まず、最初に、
同じ回に潤くんが来ていたみたいだけれど、非常に残念なことにそのことを知ったのは、家に帰ってからツイで。
まぁ、1階席だけど、すごく後ろだったので、チェックもできないような位置でしたが。

でもそのことを知って、カーテンコールの最後で、亀ちゃんがちょっと手を振っていて、横にいた高畑充希ちゃんも笑っていたのを思い起こした。きっと、潤くんに振っていたのね。
(その時は、何かあったのかなぁくらいにしか思わなくてピンときてなくて、血の巡りが悪い私の頭がうらめしい)


ということで、気を取り直して、舞台についてです。

●「青い種子は太陽の中にある」
場所 オーチャードホール
柵   寺山修司
演出  蜷川幸雄
音楽  松任谷正隆
出演  亀梨和也 高畑充希 六平直政 マルシア 戸川昌子 大石継太 渡辺真起子 花菜 他

寺山修司の世界観がすごく好きかと言われると、蜷川さん×潤くんの「ああ荒野」くらいしか見ていないし、微妙な部分もあるかなと思っていたのだけれど、結果とても良かった。
高畑充希ちゃん マルシアさん 花菜さん、渡辺真起子さん達 女性陣の歌が良かったし、スラム勢男性女性含めこの群舞と歌がすごく迫力があってぐいぐい引っ張っていく勢いがあった。

そして、その中で、亀ちゃんの繊細さがとても生きていた。
亀ちゃん、歌は迫力があるというより及第点という感じかもしれないけれど、ちょっとハスキーな感じが、20歳前後の(多分そのくらいの役設定だよね)若さ、正義感、危うさ、揺れ、甘さが感じられてよかったと思う。好演だったと思う。

太陽の中にある青い種子は、愛なのか理想なのか・・・・・
若さが、社会とか世間とかに取り込まれ呑み込まれ、愛が突っ走っていく・・
なんか、若さゆえの切なさに、苦しさを感じるような作品でした。

スラムの舞台装置が斬新。
(相変わらず、蜷川さんの美術はスゴイ)

音楽は、全編松任谷正隆さん、
音楽がほんとに、正隆さんらしかった。笑
でも、正隆さんの音楽には根底にあるPOPさ、軽みが、重くなり過ぎない推進力になっていてよかったと思う。







2015.08.17 / Top↑
オトノハ、更新。

今日は終戦記念日ですね。
オトノハでも触れていた「教科書で学べない戦争」
10~30代で8/15が何の日かわからい人が半分を割っているという街頭調査の結果は、かなりびっくり。
ZEROでも、戦争取材は翔くんのライフワーク的テーマになっているけれど、半数は8/15と言われてもピンと来ないという現実を知ると、こういう分かりやすい形で戦争について知る番組が合ったり、ZEROで翔くんが折に触れ取材に行き、生き証人の方々のお話を伝えていることは本当に意味のあることだなって実感します。
興味を持つきっかけはいろいろにあった方がよいものね。

そして、奇しくも翔くんのおじいさんが遺骨収集に同行した記事の紹介や、同じパプア・ニューギニアでの取材、遺骨収集等があり、本人もいろいろ縁や使命のようなものを感じるんだろうなって思いました。


そして・・・・・・・・

センパイのお子様とのエピソードですが。

最近、センパイとか友人の子どもとのエピソードちょいちょい放り込んできますよね(笑)
(この間、一緒にお風呂入ってなかったっけ?)

まぁ、33歳の周囲は子連れも当然多くなるだろうけれどね。

きっと自分の子ども欲しいんだろうなぁ。
パパになったら、一緒に遊ぶ良いパパしそうだよね。
甥っ子や姪っ子ができたら、スゴイ可愛がりそうだよね。

う-ん、まぁ子育ての前に、結婚なんだろうけれど・・・・





2015.08.16 / Top↑