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土曜日、またイチさんに会いに行ってしまいました(*^_^*)

ということで、ちょうど原作を読み直したところでもあるので、

今日は原作と引き較べて思うこと。







映画の感想となるのか、本を再読しての感想となるかは定かではありません。


でもひさしぶりに神カルを読みかえして、私本当にいい具合に中身を忘れていたんだなって思いました(←自分のこのいい加減さホメテマス 笑)


でも、今回読みかえしているタイミングで映画をみて、色々考えた。

まずキャラのこと。

まずは、イチさん。私の印象では、原作のイチさんって話し方こそ変わっているけど、そんなに変人というほどでもない感じ。監督と翔さんが作りだしたイチさんの方がもっと、悩んでるし、鬱々としている。
自分の進路にも迷っているし、患者さんとの距離の取り方とかも自分なりの表現しかできないっていうか。
映画の方は、そんなイチさんの成長の物語っていう側面が強いかも。

そして、安曇さん。細かいエピソードやキャラ設定が原作と映画では違うから一概には言えないけれど、原作の安曇さんは、加賀さんというより八千草薫さん的イメージ。芯は強いけれど、もう少し引き気味の静かな感じのイメージ。
でも、映画の方は、老紳士とのエピソードを省き、安曇さん自身のエピソードをより膨らませ、死とどう向き合うのかということ、それに対する医療の現状が浮かび上がるような構成にしたことで、より主体的な安曇さんになったし、その存在感が増したと思う。そうすると、加賀さんが生きてくるよね。

あと、柄本さん演じる古狐先生、原作では古狐先生と大狸先生の2人がでてきてましたが、映画では一人。原作の古狐先生はもう少し影が薄く線が細くてひょろっとした印象だったんですが、映画の柄本さんの古狐先生は、古狐先生のベースに大狸先生的ちょっと食えない親父的要素を付け加えた感じ?(笑)

逆に、学士さん@岡田義徳や男爵さん@原田泰造なんかは、原作イメージとほとんど変わらずという感じです。


あと、映画化にあたって、細かいエピソードはかなり省いていたのねということを再確認。
まあ、でもこれは2時間で映像化するにはある程度話をスッキリさせないとまとまらないから仕方ないことかなあって思います。

原作では、安曇さんを訪れる老紳士とのかかわりもでてくるけれど、医療的なテーマをはっきりさせるためには、思い切って割愛したのは正解だったのかなあって思う。

あと、今回医療の現状との向きあい方を主題においているから、安曇さんとイチ先生の話とイチ先生の大学病院にいくかどうかの話がメインで、学士さんの自殺未遂などの挫折の話はカットされている。青春群像劇的な仕上げにしたら、これはメインエピソードになるんだろうけれど、話をすっきりさせるためにこれもカットでしたよね。

なんか、改めて読み直して、映画は元の素材を原作においているけれど、ある意味監督によって、かなり再構成し直した作品だったんだなあって感じました。
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2011.09.27 / Top↑
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