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ニノって「脚本は自分のところしか読まない」

この話って、なんの作品くらいから話してるんだろう。
GANTZの時には確実に言っていたし気がするし、でも流星の時にはまだ言ってなかったような気がするから(実際にそうやっていたかどうかはおいておいて)フリーター位の頃からかな。
(調べればいいんだけど、今ちょっと時間がないので、また時間のあるときみる)

この真意が私にはよく受け取れていなかったんですよね。

ふーん、そうなんだとは思ったけれど、それによってどうなるのか、なぜあえてそうするのかが今ひとつ腑に落ちきっていなかった。

でも、今回なんかTとかPenとか読んでいて、「そういうことなんだ」ってすごく納得した気がする。


これは、ニノ自身がよりわかりやすく語るようになったのか(ニノといえば、わざと真意をぼかしたりはぐらかしたりしてみせたりするのはお得意だし、読む私達の側もその真意がどこにあるのか、ああでもないこうでもないと考えることが一つ楽しみでもあったりもしたけれど)
それとも、ニノをインタビューする側のニノに対する認識が深まってそこまでつっこめるようになったからなのか・・・そのへんは定かでないけれど。


もちろん、私自身が演技経験もないし、勝手な思い込みの解釈なんだけど。


「共演者の皆さんとの読み合わせの時が、一番真剣になるところかもしれませんね」(T)
-逆に、前もって自分のところしか読んでいないからこそ、そこで出てくる視点があるんでしょうね。
「あると思います。だから、相手のセリフは前もっていらないんですよ。そうすると、その場で相手がなにをいってるんだろうって、言葉に込められている本当のところに耳を傾けられることがあるんですよ」(T)

「映画でもドラマでも台本全部は読みませんね。相手のセリフを知らなくても現場でちゃんと聞いていれば相手との間もわかるし、生活しているのってそういうことじゃないかと思うから。たとえばいま、自宅で何が起こっているのか僕は知らない。だからいまこうして話しているわけで。実際は火事になっているか、泥棒が入っているかもしれない。それが台本を読めばわかっちゃうわけでしょ。そうしたら当然、飛んで帰りますよね。それと同じで、先がわかってしまって、先がわかってしまって感情が後手後手になるのはリアルじゃないと」(Pen)



これは、ニノだから出来ることなのかもしれないけれど・・・・


凡人の私の想像力では、台本で自分のところだけ読んでどうしてできるのかなってちょっと不思議な感じがしていた。

でも、読み合わせが一番真剣になるところかもって聞いて、そういうことかって思った。

ある程度の設定は頭に入れるんだろうけれど、それと自分のセリフがわかった上で、一番最初にまっさらな状態でやりとりする中で生まれる感情を大切にしてそこをベースにしながら全体を自分で組み立てているんだろうなぁって。
だからこそ、最初の本読みの時にやり取りの中でどういう感情が生まれてくるのかライブに体験しながら、そこからうまれてくるものを、ちゃんと記憶に定着させつつやっているんだって。

それは、ニノがずっと言っていたお芝居は相手とのキャッチボールの中で生まれる(ごめん、記憶で書いているからこういう言葉ではなかったかもだけど、真意としては言っていたと思う)っていうまさにその事なんだねって。


でも、そう一言で言っても、それをその場でやれるニノってやっぱりすごいの一言だし、
共演者がニノに対してボールをどう投げるか、投げ返せるかによっても、生まれてくるもののワクワク感って違ってくるんだろうなぁ。

今回のプラデ関連のインタビューについては、いろいろ興味深いところ、発見も多々あるけれど。
また、時間をみつけておいおい。


それにしても、ニノが嵐の一員でいてくれたことが、ほんとに嬉しいし、プラデ公開に向けて、これだけワクワク待てるのが嬉しい。










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2013.02.17 / Top↑
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