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旅行2日目、午前中宿泊先の奥出雲を出発して、広島へ。
ゆっくりの出発でしたが、お昼すぎに広島着。所要時間2時間半ちょっと。

そして、この日は8月6日 広島原爆投下の日

この日に広島に行くことになったのは,私の勘違いを含めホテルやら航空券の都合やらで偶然ではあったのですが、
年に1度の、思いの詰まった日に立ち会えたということで、原爆関係の場所をめぐりました。
(ものすごく混んでいるのではと心配していたのですが、人はたくさんだったけれどそこまですごくなかったのでよかった。



原爆ドームはじめで生で見ましたが、本当に街の中心部にあるんですね。



平和記念資料館内、当時の市内の地図と赤い球は、実際に原爆が爆発した位置と大きさの再現だそう。

この平和記念資料館は、本当にゆっくりとみることができてよかったです。

興味深かったのは、開発から原爆投下に至るまでのアメリカの動き、思惑について解説した部分。

巨額の開発費を費やして開発したからこそ、すべてが投下ありきで動いていったこと。
(警告して、投下を回避なんて、もちろん選択枝にはないんだよね)
なぜ、投下対象がドイツではなく日本だったのか
(もろもろ理由はあるだろうけれど、日本の方が落としたあとの原爆を研究される可能性が低いってふんだってことみたいだ。要は、そこまでの技術力はないっておもわれていたんだよね)

こういうことをみていると、戦争は相手の国の一般人だろうがなんだろうが、そこに感情の入り込む余地はないし、結局は保身と野心とか、優先されていろいろなものが犠牲になっていくんだなってすごく乱暴な見方ではあるけれど、思ってしまった。

あと、福島等で問題になっている残留放射能とかが広島ではあまり問題にならなかったんだろうか(まぁ、情報統制されていたみたいで、落下直後はそこにいた方達は何が起こったのかも把握できない状況だっただろうと思うけれど)と気になったけれど。
そもそも、当時の原爆は今現在各国は保有しているものに比べればまだまだ規模の小さいものだったようだし、
直接的被害の影響の方があまりにも大きかったこと。幸か不幸か、その後台風で浸水したりしたおかげで、洗い流されることのなったことなど、結果的には残留の影響が強かった期間は比較的短くてすんだようですね。



 
夜は、灯篭流しもみれました。


 
                                                                                            ライトアップされた原爆ドーム
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2013.08.12 / Top↑
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