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旅行について書いた記事には、いっさい震災関連のことには触れなかったのですが、
今回行った時期が、3/11の直後ということも有り、仙台市で世界防災会議が開かれていたのとかぶっていました。

以下、まとまりも結論も出ない駄文で失礼します。

仙台は、ちょっと見にはあの大きな震災のあとは、それほど感じないほど落ち着いて整った印象を与える街でした。
実際、エリアによっても被害の程度はまちまちだったんだろうなと思う。

でも、青葉城付近の道路が、被害を受けた後、つい最近前線開通したという話を聞いたり、石垣が崩れたあと修復途中のところを見ると、4年経ったとはいえなかなか進まない部分も大きいのだろうなって改めて感じます。
塩釜でも、神社の石段に亀裂がはいったままになった場所もあったり。

夜景を見に行った時お世話になってタクシーの運転手さんが、もとは地元の方でないけれど、仕事で仙台に来て、すぐに被災してしばらくは仮設住宅にいたというお話を伺って、直後余震怖くなかったですかって聞いたら、あのすごい揺れを経験したら、余震くらいの震度では何も感じなくなったなんて笑い混じりに話してらして。
みなさん、声高に言う訳でもなく、普通に日常生活を送っていらっしゃるけれど、あの大変な時期を乗り越えてここに至っているのだなぁと感じました。

子どもがボランティアで行った時は、場所も違うけれどもっと爪あとが残った状態だったようだし、でも今回はさらっと見回すだけでは100パーではないけれど日常に戻っているのかなとも見えて。(観光でいくのと、ボランティアでいくのはそもそも違うわけだけれど)

忘れない、風化させない って私も当たり前に使うし、みな口にすることだけれど。
「忘れない」って何を?
無くなった方の痛み、大切な人やモノをなくした方の痛みに思いを馳せること、そこは忘れてはいけないことだし、忘れられないことだよね。
今も大変な思いを抱えている方のことも。

そして、忘れないと思った上で、今普段そこにはいない私達にできることってなんなんだろう。
防災会議とかは、大切だよね。
災害にむけての予防、対応を共有するとか。
でも、私自身は自分レベルではともかくそこに関わっているわけでないし。
寄付とかだって、先日3/11にYahooのみたいなものはやるけれど、被災直後ほど、恒常的にしているわけではない。
観光に行って、多少なりとものお金が回ることが、まわりまわって役立っていればいいなとは思うけれど。

美味しいお鮨が食べられて幸せだったけど、脳天気な私でも、原発の影響とか大丈夫だよねってちらっと頭をかすめたり。
そういう気持ちに、宮城さらにいえば福島の方たちは、日常的にどっかでさらされていたりするんだろうなぁ。
そう思うとますます、この地震大国で、原発動かして大丈夫なんだろうかという不安なきもちになる。
(今起こったものの処理でさえ、大変だというのに)

そうつらつら思うと、やはり忘れないということだけで、何らかの意味は在るのかなと思ったりもする。


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2015.03.19 / Top↑
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