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今回奇しくも、タイ、カンボジア、シンガポールと3カ国を駆け足で回ることになり、また昨年はベトナムにも行けて、いろいろに感じることがあったので、思いつくまま、自分にとっての記憶も兼ねて書き留めておこうと思います。

ちょうど、旅行から帰って、1周間もしないうちに、バンコク中心部で爆破事件が起こり、更には先週末の24時間テレビでは、森田くんがタイのンボジア国境付近での、地雷の被害や地雷除去の現状に関する特集をやっていて。

この4カ国を回って、シンガポールはある種特殊な国家でもあるので例外としても、タイはカンボジアやベトナムと比べて段違いに国力があると感じていただけに、そのタイですらまだまだ政治的に不安定な部分を抱えていたり、内戦を含め戦争の影響は比較的少ないであろうはずなのに、それでもまだまだ尾を引く傷跡が残っていることを感じました。

もちろん、首都近くか地方かとかそういう場所による違いも色いろあるわけだけれど、私自身が国の経済力の差をなんとなくでも実感するのは道路で。日本の年度末の道路工事とか、ムダなんじゃないなーんて感じていたりもしたけれど、でもカンボジアとかベトナムとか車に乗っていてかなりの物理的衝撃を受けることも多くて。なんか体感として感じたりします。

カンボジアは、アンコール・ワットのあうシェムリアップ地方が、ガイドさんいわく国内でも貧富の差が大きい地域ということもあるのかもしれないけれど、学校に行けずは働いている子ども達も多い。
小学校も卒業できるのは半数ほどというガイドさんの話だったので、ちょっとググってみたら、外務省の資料で中学まで義務教育であるにもかかわらず小学校が69%、中学は17%とありました。まぁ、地方によっても違うのだと思いますが、子どもも貴重な働き手ということも大きいのかもしれません。
実際、アンコール・ワットに日の出を見に行く時だから、日の出前ということになりますが、自転車で薪を積んで走る子どもたちを何人も見かけて。森で拾って、売りに行って生計を立てる一助にしているということでした。
また、病院の前で列をなす親子の姿がたくさんあって、病気の子どもをかかえてこれも大変なことだなぁとも感じました。

今回ついてくれたガイドさんは、高校まで出ているのかな?アンコールトム近くの農村出身で8人兄弟の7番目で、小さいころはお寺にいれられて、お寺での様々な雑用を仕事をしながら学校に通ったとのことだった。
お寺での生活は朝早いし、基本1日1~2食で、辛いことも多かったようだけど、でも学校に通えて、英語と日本語ができるから、ガイドの仕事ができるし、カンボジア内としては良い暮らしができている方なんだろうなって思う。

そして、ポルポト政権時は、知識階級が粛清されたり、家族がバラバラにされたりしていたとのことで、彼はそのポルポト時代が終わって内戦期に入ってから生まれたわけだけど、家族は知識階級でなかったし農村だったからバラバラにされてもあまり遠くに散らばらず、すぐに故郷に戻れたとのこと。でも、今でも家族の行方がわからない人たちも沢山いて、家族探しが公報とかに乗ったりするようで、(思わず、中国残留孤児を思い出した。そういえば、そういった記事も見かけなくなってどれだけたつのか・・・・←私の認識、知識がいい加減なのだろうけれど)

日本では、今年戦後70年で。私自身も戦争は知らないし、息子たちの世代はおそらくもっと知らない。
でも、ここはほんとにまだまだ、周りに、争いの余波が色濃く残っていることを感じた。

タイそしてカンボジアからシンガポールに移動して。氷に気を遣わなくて良いこと、トイレにペーパーをそのまま流しても大丈夫なこと、そんな些細なことだけど、なんかちょっと緊張感を抜くことができるような気がした。

そして日本は脳天気で、色々な問題は山積みではあるのだけれど、でもそれでも安心して暮らせる(まぁ、自分の国だからッて言うことなんだけど)ことにありがたさを感じた。

なんか、書いても書いてもまとまらなさそうなので、まとまらないままとりあえず終わりにしようと思います。





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2015.08.28 / Top↑
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