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この「母と暮らせば」は山田洋次監督のこだわりで、丸の内ピカデリーで35ミリフィルムでの上映が今週末までされています。

ニノもベイストで取り上げておすすめしていたことも有り、デジタルとフィルムでどう違うものなのか、見に行ってきました。
(ちょうど、私が行った前の回に、ニノがみにきていたらしいという未確認情報を発見、ニアミスだ~)

果たして、私が見て違いがわかるのかなとも思いましたが、なんと言い表していいのかわからないけれど、違うことはわかる。
デジタルが全体にもっといろいろにくっきりした感じなのに較べて、不必要に鮮明ではなくしっとりしたトーンと言ったら良いのでしょうか。
ニュアンスしか感じ取れなかったので、違いをうまく言語化できないのですが。

どっちが好きかも、難しいなぁ・・・・



これで、3回めなのですが、みながらお母さん@吉永小百合 はなぜ死んじゃったのかなぁって考えてました。

苦しい時を乗り越えて生きてきていたわけだけれど、息子@二宮和也が、訪れるようになって、結果迎えに来たような形になっている。

見ながら、人が生きる死ぬは気持ちがどちらに向いているのかが大きいのかな。
これまでは、沈みがちな心を町子@黒木華が、ひっぱって生きる方向に持ってきていたわけだけど、
息子の亡霊がみえるようになって、現実世界よりも、亡霊の息子との時間がどんどん気持ちの上でも比重が大きくなっていって、町子を今生きている人に託すという最後のやるべき仕事をやり終えて全部始末がついたら、もう現実には何の未練もなくなったんだろうなぁ。
心がどんどん死んだ息子に寄り添っていく。
そんな気持ちの上ではどんどん死の方向に向かっているお母さんが、助産師っていう生を生み出す役割であったことも、象徴的だなぁ。

よく死に際の人のところに、天使がお迎えに来たりするけれど、お母さんにとって息子は天使だったんだろうなぁ。




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2016.01.22 / Top↑
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