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10月12日体育の日、18:00~からオンエアされたJ-WAVE SPECIAL ART OF WORDS 櫻井翔の「おくのほそ道」 についてです。
これは、「ART OF WORDS」の第2弾。
これは、ある文学作品をとりあげて、そのものの朗読、それに詳しい方と翔くんとの対談、ゆかりの地をおとずれてのロケなどから構成されております。
第1弾は、今年5月4日にオンエアされた櫻井翔の「人間失格」

まあ、退廃的な雰囲気を翔くんの声がステキに表現していて、ちょっとした妄想ワールドでありました。そして、言葉に対する翔くんのこだわりもいろいろきけて・・それも楽しかった。
「人間失格」(←このレポはこちらから)

でも、今回は松尾芭蕉「おくのほそ道」ということで、前回とは全く趣が違うし、はたして妄想に浸れるのか(おいおい、趣旨が違うでしょ!って)

でも、太宰作品とは全く入り込み方が違うけれど、十分至福の時間でございました。


そして、まず最初にお詫びから。

もろもろの事情により、最初15分前後録音に失敗しております。というわけで、レポは録れた時間から。
ちょうど旅立ちの部分を原文をで読んでいるあたりからとれていました。
お友達情報では、その前はごあいさつとか曲がかかったりして、導入の言葉があったりしたのかな・・そのあたりが抜けております。ご了解くださいませ。
失敗したもろもろの愚痴と、聞いての興奮の第一印象はこちら(←)


(芭蕉庵をひきはらう部分はとれていません)
親しい人達が千住まで見送りにきてくれた出立の場面です。
原文がきて現代語訳
原文はしっとりとした感じで、訳は情感をこめて読んでいきます。

矢立てのはじめの句(旅の最初の句っていう意味だと思う・・たぶん)


  行く春や 鳥啼(なき)魚の目は泪

当時は、旅っていうのは、気軽なものではなくて、おおごとだったんですよね。
親しい人達がみな見送りにきてくれて、ここでの別れがこの世の別れになるかもしれない。そんな寂しさいっぱいの中、でも芭蕉はそれでも旅立たなければならない。
(訳を読む翔くん、いわゆる古文の授業の訳ではなくて、古文っぽい表現も残しつつもう少しくだけた感じ? 友や弟子たち、もろもろのものとの別れのばめんで寂しさがあふれてひたひたと迫ってくるような朗読です


そして、女性ナビゲーターの旅立ちに至る状況の説明
松尾芭蕉については、江戸時代の俳人というくらいしか、基礎知識がなかったのですが、伊賀に生まれ、江戸で売れっ子俳諧師(職業で俳句を読む人)になって、弟子たちもたくさんいてひいき筋もたくさんいたのが、37歳の時華美な生活を捨てて、芭蕉庵を結び蕉門を確立します。そして、その後46歳の時に弟子の河合曽良とともに、みちのくへの旅に出ます。曽良は優秀な弟子で、旅の一切合財の面倒をみてツアーコンダクター的役割を果たしたようですね。

そして、おくのほそ道の旅へと出た、この46歳という年齢。
今でこそ、46歳なんて、年寄りの範疇ではないけれど(40代半ばで年寄り扱いされたら、ショック)当時は人生50年の時代だから、今とは随分年齢の感覚が違うんですね。だから、未知のみちのくへと旅立ちも、どちらかというと、ルンルンというより悲壮感漂う感じがあったようです。


「芭蕉の旅の目的は何だったのか?」
翔くんと立松和平さんの対談です。
「芭蕉の旅はやむにやまれぬ衝動である」
今までの俳句はどちらかといえば、言葉遊び的なもっと軽い感じのものであったのを、蕉風を確立し、文学としてもう一つ上のステージをめざすために必要なことであったということです。
「旅をする」ということは、社会的にがんじがらめになった状態をすべて捨てるということととらえていたようで。
芭蕉庵を結んで、俗世からは一歩距離をおいて俳句を芸術性の高いものにしようとしていたところを、さらなる高みをめざして、旅という現実からいったん解き放たれた世界に踏み出したんですね。

(曲)

女性ナビゲーターの説明で、春の関東平野を北上するさまは端折って・・・・。


松島に到着

翔くんの 日本三景 松島ロケ
芭蕉が「美人のかんばせをよそおう(スッピンでも美人なのにさらに化粧をしたような絶景)」と形容した絶景です。そしてあまりの素晴らしさに句がよめなかったんだそうな。

松島部分の朗読 原文→訳

あのね、訳の方ですけど、自然描写を読むのにこんなに色っぽいってどういうことですか??
絶対、翔くんもディレクターさんも、遊んでますよね(笑)

  (前略)
  そこに浮かぶのは数え切れないほどの島 島・・・・・そして 島、島・・・・(ムダにエコーかけてるし 爆)
  天に向かってそびえたつ島
  波間にねそべるように浮かぶ島
  ふたつがさねの島
  三つ折りの島
  左にも島
  右にも島
  離れたと思えばつながり一緒かと思えば違う島
  小さな島をおんぶしているかのような島
  だっこしている島もある
  子どもや孫と遊んでいるかのように見える島もある
  (中略)
  ああ~、もう降参だ
  ああ~ 俳句一つだって吟じられない。
  ああ~。

途中から、エコーはかけるわ、ため息は入るわなんですけれど・・・
内容だけ文字でみると、別に普通の自然描写なんですけど・・・
自然描写のくだりなのに、うっとりききいってしまうって、演出にまんまとはまっている? 翔くんの低音が甘すぎるんだと思います。(すみません、ビョーキなので)

俳句の神様がやっとの思いでひねりだした句が
  松島や ああ松島や 松島や
だって翔くんはずっと思っていたんですって。
でも、これは実は芭蕉のものではなく、昔の観光用のコピー(私も、これはきいたことあったけど、何が何だかよく知らなかった)

そして、結局芭蕉は句が読めず。

翔くん、松島をめぐる遊覧船からのレポ
翔くんの、松島評です。
「句が読めなかったという景色を見終わったんですが、何かこう口をあけてしまう、言葉がでない絶景というよりは、ジグゾーパズルをとんかちで割っていろんな大きさに別れたような、おもちゃ箱をひっくり返したようなそんな景色でしたね。小さな島に松の木が一本だけ立っていたりとか、はたまた大きな島に木々が生い茂っていたりとか 楽しい景色でした。句が読めないほどの絶景というよりは、時間を忘れるような楽しい時間でした」

そして・・・・翔くんも、全く句がよめず。

(曲)

その2に続く



櫻井翔のおくのほそ道 その2

櫻井翔のおくのほそ道 その3

櫻井翔のおくのほそ道 その4
 

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2009.10.15 / Top↑
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