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その3をアップした後、半月くらい間があいてしまって。
レギュラー番組が再開したり、ACWがあったり、その上私の個人的健康問題もあり、ブツブツ。
その4も、7~8割方できていたんですが、それ以上に手をいれるのが後回しになっていて、みなさんもう忘れていますよね。
でも、中途半端もなんなので、今回で完結です。
よろしければ、前回のものをごらんになって、記憶をよびおこしてくださいね。

櫻井翔のおくのほそ道 その1

櫻井翔のおくのほそ道 その2

櫻井翔のおくのほそ道 その3



それでは、櫻井翔の奥のほそ道 その4です。

修験道の聖地、出羽三山から酒田へ。

ここで、最上川を読んだもう一つの句。
 暑き日を海にいれたり最上川

そして、松島と並び称される風光明媚な歌枕、象潟について描写した文について
女性ナビゲーターの原文朗読 → 翔くんの訳朗読


そして、この後の旅の後半は、ロケが入らないので原文朗読と訳朗読、状況解説を翔くんと女性ナビゲーターで分担しながらすすめていくことになります。

越後から市振りの関 翔くん原文朗読 → 訳朗読 

 文月や 六日も常の 世には似ず

 荒海や 佐渡によこたふ 天の河

このあたりは、芭蕉自身も加賀までの遠さを思い暑さと湿気でへとへとになり、旅の記録も完全にヘタレ状態になっている感じです。季節は、真夏。御年46歳の芭蕉にはかなり厳しい旅が続きます。
翔くんの読み方もちょっとへたれて、甘い感じ?も混じりながら・・でしょうか。

 (曲)


翔 「今回のART OF WORDSの旅に出るまで、おくのほそ道は芭蕉の旅日記のようなものだろうと僕櫻井翔はかんがえていました。でも少しづつ調べていくと、エッと驚かされることばかりなのです。ここでふたたび立松和平さんに伺いました


立松和平さんとの対談。(注:立松さんの部分については、意味をくみながら、内容をまとめています)
 翔 「芭蕉がおくのほそ道にでたのが、元禄2年の春、かきあげられたのは元禄7年の5月、5年の時間を費やしているわけですが、こういうことが紀行文の執筆にはよくあることなんでしょうか」
 立 「めったにないんじゃないですか。これは僕らの感覚とは違う。
これは、世話になったお兄さんにあげたもの、それをお兄さんが弟子たちに渡して筆写して流布していった
 蕉風の確立したのは、おくのほそ道だと思うので、蕉風を確立した過程をきちっと残しておきたかったんだと思う。だから推敲に推敲を重ねて、俳句の中もどんどん入れ替わっていって5年かかってしまった。芭蕉としたら人生をかけた完成品だったのでは。」


翔「およそ150日間かけて旅した記録をおさめたおくほそ道ですけれど、ものすごい短い文章でまさに簡潔にまとめられていますよね。今おっしゃっていたように言葉を替えながら、どんどんいらないものをそぎおとしていくかのような。短い文章、短い言葉で相手にものごとを伝える表現するこの術っていうのはどういったものなんでしょうか」
立「今の時代とは逆行している。そぎ落としていくのが俳句ですから。575しかないんですから。17文字しかないところに、その中にそれこそ宇宙を表現しちゃう。俳諧、文学はそうですけれどそぎ落としてそぎ落としていく宿命がある。俳句とはそういうものではないか。
芭蕉の散文は散文と言いつつ詩の文章。ぼくらの散文とは違う、深みがある。だから、おくのほそ道も蕉風の境地に達した喜びみたいなものを感じますね、一字一点たりとも無駄にしない感じがある。完璧な世界をつくろうという感じかな。」

翔「芭蕉のような俳句の神様でも、悩みに悩み推敲に推敲を重ねひとつの俳句を完成させるのに労を惜しまなかった、僕もいい詞ができるようにはげみにします。

  (曲)


後半の旅には死や別れがつきまといます。
金沢の街で会うのを楽しみにしていた弟子のいっしょうの早世を知ります。

 塚も動け 我泣聲(わがなくこえ)は 秋の風

山中温泉では曽良が体調を崩し、芭蕉のもとを離れ静養に向かいます。
さらに、天竜寺では金沢から付き添ってくれた北枝(ほくし)とも別れ、芭蕉は一人ぼっちになってしまいます。
日本海の旅はさびしさやはかなさを詠んだ句が目立ちます。
 
 あかあかと 日は難面(つれなく)も 秋の風
 
 むざんやな 甲の下の きりぎりす

 終宵(よもすがら) 秋風聞や うらの山

死・別れの後にやってくるものは、再会・再生、 すべての別れが今生の別れではない。
2度と会えない人もいるけれど、みながみな2度と会えないわけではない。
別れの後の再会ほどうれしいことはない。
福井の後は、芭蕉一門が次々と集まり、大垣の大団円へと向かいます。

最後大垣部分の 翔くん原文朗読 → 訳朗読

大垣で、いろいろな人に会ったのち、9月6日になったので伊勢の遷宮を拝もうと、船で出発します。そして結びの句へ 


  蛤(はまぐり)の ふたみにわかれ 行く秋ぞ

蓋と身に別れるはまぐりのように、二見ヶ浦へと旅立つある日、寂しい季節の別れだけれど、出会いがあるから別れがある。さよならこそが私の人生なんだ。

この結びの句は、

千住を旅立つ時の矢立ての句の


  行く春や 鳥啼(なき)魚の目は泪


のゆく春と、ゆく秋が対照となるみごとな結びになっています。

その後、芭蕉は5年をかけて「おくのほそ道」を完成させ、故郷伊賀から九州にむかっての旅の途中

  旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る

元禄7年、享年51歳で、これを辞世の句として世を去ります。


立松和平さんとの対談
翔「一つ立松さんの著書を拝見している中で、僕が理解できなかったのは、言葉は時代を旅をするという中で、芭蕉の言葉は私達を繋いでくれる、一方で、私達の言葉も芭蕉の世界をつなげているんだっていうことが書かれていたんですが、これはどういうことなんでしょうか?私達から芭蕉というのはちょっとわからなかったんですが」
立松「旅というものが、芭蕉の時代と今では違っている。芭蕉の時代の旅はどちらかというと求道の旅。私達の旅は快楽の旅。旅の形は違っているけれど、一方でたとえば四国八十八か所めぐりみたいなものもある。先日高野山に行ったら、フランス人が多かった。彼らは文化に対して貪欲。おくのほそ道をめぐる外国人もいる。だから、今の解釈、彼らがどのように読んでいるのかは聞いていないかはわからないが、今の時代を芭蕉に向けることもできる。これだけ、芭蕉に思いを持って、おくのほそ道を旅する人がいるということは、我々も今の時代を芭蕉に捧げていて、・・・・(ちょっと、立松さんの言葉って、私にはわかりづらい感じがあるんですが、まあ、翔くんの問いに対して、私達が今の時代背景、今の私達の言葉で、芭蕉に思いをはせおくのほそ道をたどったりする、解釈したりすることの意味を言っているんだろうなって思います)

翔「立松さんがお考えになる言葉の力とは何でしょう?」
立松「何でしょう、魂に入るっていうことかな。心を動かす。その人の人生を変えるっていうこと」

翔くんの最後のまとめの言葉
「今回の番組を通して感じたこと、ぼくはこれだけ、おくのほそ道にどっぷりしっかり向きあうのは初めてだったんですが、いろいろな発見がありました。
まず、今で言うサンプリングといいましょうか。先人達の言葉を使ってみたり、また別のアプローチでその先人達の言葉を表現してみたり、何かサンプリングのようなものもあったり。
この番組の中の話にもでてきましたが、ダブルミーニング、トリプルミーニング、いろんな言葉を、意味を重ねて重ねて作っていく、すごく面白かったですね。
また今回、おくのほそ道の場所に実際に行ってみたわけですが、そこで俳句を素人ながらに作ってみる作業というのが、僕のRAP詞を書く作業にとても似ていました。というのも、リリックを書く時に、何か1枚の景色のようなものを頭に浮かべ、それを文字に書き落としていく作業をすることがあるんですけれども、まさに目の前に景色が広がっている、今見ているものを文字や言葉に落としていく作業というのは、僕のRAPを作る作業に似ていました。
ただ、それを5・7・5のわずか17文字、どんどんどんどんそぎ落としてわずか17文字に書きあらわす、異常に難しかったですね。あらためて、俳句の難しさ、奥の深さを感じました。
立松さんもおっしゃっていましたが、これから言葉と向き合っていく上で、魂をゆさぶるそんな言葉の力を感じれる瞬間がたくさんあるといいなと思いました。
これから、魂をゆさぶる言葉とどれだけ出会い、また多くの人の魂をゆさぶるような言葉を生み出せるよう伝えられるよう、これからも言葉の力を探っていきたいと思いました。 以上 櫻井翔でした」



私自身も翔くん同様、おくのほそ道の内容をちゃんと(まあ、ラジオを通してですが)知ったのって、今回がはじめてですね。本当に、前回同様、お勉強になります。

結構、芭蕉のお人柄も若干滲み出ていたりして面白かったですね。こういうものなんだって思った。

そして、今回は翔くん自身が自分がリリックを書く時とかと引き比べて考えたりすることが多かったようで、全部ローマ字にしてみるとかそんなふうに発想するんだって、翔くんの発想パターンに触れられたのが面白かった。

前回の人間失格の朗読がチョイエロイ感じもあり妄想たっぷりだったのに比べれば、どうしたってかなり健全だったけれど、翔くんの朗読の声は頭の中で響いているだけでうっとりしているので、私的にはおくのほそ道でもOKです(何でもいいって 爆)

次回、何をやってほしいかな・・・
翔くん自身の興味ということでいえば、韻文の方がいいのかなって思って、中原中也とかの詩、あと時代をずっと遡って百人一首とかね、在原業平の恋の歌とかね・・どうでしょう。








 



   

 

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2009.11.06 / Top↑
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